はじめに

2016年、山岳捜索ヘリサービス「ここヘリ」を展開するスタートアップ AUTHENTIC JAPAN株式会社に参画した。それから5年あまり、常務取締役としてデザインと経営の両輪を担いながら、事業のほぼすべての領域に関与してきた。

この記事は、その実践の記録であり、体系化の試みだ。スタートアップにおけるデザインが何を行えるのか。何を行うべきか。その問いに対する、一つのリアルな答えとして残しておきたい。

なぜ、ここヘリだったのか

高校時代、仲間と登った低山で道に迷ったことがある。焦って下山を急ぐうち、落ち葉で足を滑らせた仲間が滑落し、大怪我を負った。「助けを呼ばなければ」という焦りと、救助が来るまでの長い沈黙は、今でも身体に刻まれている。

だからこそ、元同僚が開発した捜索のためのハードウェアとサービスの原型を見たとき、直感的に確信した。これが社会に広がれば、山岳遭難でつらい思いをする人を一人でも減らすことができる。

「何か手助けができるのではないか」。その想いから、この5年間が始まった。

3つの設計思想

スタートアップでのデザイン活動を振り返ったとき、一貫して根底にあった姿勢を、3つの言葉で表すことができる。

Go Holistic — 事業活動における多様な課題や機会を見出す

デザインが関わるエリアは、事業活動の「すべて」だ。表層のビジュアルだけでなく、戦略から現場体験まで。自らが機会領域を見出し、デザインによって良い影響を与えていく。

Implement to shape — アイデアを実装しながら、より良いかたちを創り出す

スタートアップでは絵に描いた餅は意味がない。細部まで作り込む前に、汚くても実装しながら形にしていく。インサイトから創り、実装し、自らも体験してまた改善していく、直線的でループのようなプロセス。

Led by design that thinks — 広義のデザインの力を基にして

「デザイン=表層をかっこよく整える」を狭義のデザインとすれば、広義のデザインとは、捉え方や態度、方法論を通じて多様なテーマの全体に価値を創り出すアプローチだ。ユーザーやパートナーの声を聞き、軸と戦略を持ちながら、同時に仲間づくりと体制を作っていく。

地上3階・地下2階のレイヤー構造

5年間の活動を俯瞰すると、デザインの関与領域は自然と積み重なり、地上3階・地下2階の構造体として整理できる。

地上(プロダクトからコミュニティへ)

1階はプロダクトとサービス体験のデザイン。発信機のインダストリアルデザイン・量産立ち上げ、パッケージ・ホルダーの設計、アプリ・会員体験の改善。ここを土台として、2階のブランディング、3階のファンコミュニティ・社会運動へと積み上げた。

地下(デザインを支える基盤)

地下1階はデザインチームの組織づくりとツール整備。採用が容易でないスタートアップにおいて、フリーランスやデザインファームのクリエイターによる外部チームを構築し、デザインシステムを策定した。地下2階は会社全体の目指す方向を見出すビジョンデザインとデザイン経営の実践だ。

主な取り組みと成果

ハードウェアを起点としたサービス基盤の実装

創業初期、発信機のインダストリアルデザインに始まり、量産工程の立ち上げ、パッケージ・ホルダー・アクセサリーを含む初期ブランディングへと展開した。「お守り」をモチーフにした六角形の基本形状、着脱式のカスタマイズパネルによる拡張性。ハードウェアの細部に込めたデザインの意図が、north faceやarcといったブランドとのコラボレーションとして結実した。→ 詳細は Design in Startup #02

リアルなつながりのデザイン

デジタルサービスの限界を越えるため、東京・高尾山の麓にゼロからコミュニティ拠点を立ち上げた。エスノグラフィ型のフィールドリサーチ、ビジョン策定、地域との協業によるイベント設計。3ヶ月限定のポップアップから始まった取り組みは、ユーザー・地域・スタッフが交わる場として育った。→ 詳細は Design in Startup #05

結果として

ジョイン時に約400名だった会員数は17万人を超え、捜索対応数は年間200回以上に。7年間の平均CAGR(年平均成長率)は80.9%を達成した。サービス全体のトータルデザインは2021年度グッドデザイン賞「金賞(経済産業大臣賞)」を受賞。2023年・2024年にはDeloitte「Technology Fast 50 Japan」に2年連続で選出された。

続かなかった取り組みも含めて

大企業での戦略活動と比べて、スタートアップでの実践は圧倒的に泥臭い。うまくいかないことも多かった。度重なる値引きキャンペーン、ブランド価値の毀損、組織の方向性のズレ。「作ることより売ることを考える会社」への変質を、デザインの側から抗い続けた時期もある。

そのすべてを含めて、実装と検証を繰り返した5年間だった。綺麗にまとめるより、その実態ごと記録に残しておきたい。

この連載について

本連載「Design in Startup」では、ここヘリでの5年間の取り組みを、個別のプロジェクトごとに体系化していく。各記事は独立して読めるが、全体を通じて「スタートアップにおけるデザインの役割」という問いへの、一つの実践的な答えが浮かび上がってくるはずだ。